嫌いだったはずなのに。
好きになってる。


academy5



結局予定が合わずに、夏休み中に二人っきりで出かけることは叶わなかった。
短い夏休みが終わり。アカデミーでは授業が始まった。


「イザーク?イザーク?聞いてますかね〜」
「!!」
授業中。いきなり耳もとでミゲルの大声。

「す…すみません」
意識が飛んでいた。イザークはすぐに姿勢を正して、座ったまま敬礼する。
「…じゃあ、続けるぞ」
ミゲルはテキスト越しにイザークを見るも、また意識は上の空のようだった。

「はぁ」
イザークは静かに息を吐いた。
そして無意識に自分が唇に手をやっていることに気がつき、頭を振る。
最近、勉強に身が入らない。夏休みが終わってから、もう1ヶ月以上経つのに。
頭にもやが架かったような状態がすでに半月は続いている。
原因は大体わかる。アスランだ。

夏の旅行で漸く気付いた。
「好きだ」
あんなにむかつく相手だったのに。年下なのに。
もやもやする。
イザークのノートは真っ白だった。


「アスちょっといいか?」
「はい?」
授業後。アスランがミゲルに呼び止められた。
皆がばらばらと教室を出て行くなか、アスランがミゲルに近づく。
教室に二人。それは見かけない光景だ。
もう授業はない。
「ちょっと話しが。ここじゃなんだから、講師室でいいか?」
「自分はどこでもかまいませんが…」
自分が呼び出される、あるいは教師に捕まるというのは珍しい。
アスランは微妙な気持ちでミゲルの後を着いていった。

赤服の教室から講師室までは多少の距離がある。その道のりを二人は無言で歩く。
講師室に着くと、中には誰もいなかった。
講師室の置くには、来客用のソファがあり、ミゲルはアスランをそこに座らせた。

紙コップにコーヒーを注いで、ミゲルがアスランに手渡し、反対側のソファに座った。
自分の手には、陶器のマグカップ。
一息ついてから、ミゲルが話し出した。
「当人同士の問題にあんまり口挟み炊くなはいんだけど、最近イザークの調子が悪いのは、お前のせい?」
「は?」
「唇触っちゃ、上の空。ノートは真っ白、話は聞かない。なんか心当たりない?」
そういわれてみれば、最近のイザークはどこか抜けている。
中々お互い話す機会もなく…、いや、今思えば避けられているのかもしれない。
心当たりはありすぎるし、しかし、彼女に嫌われるような失態は…していないとも限らないが、思い当たる出来事はない。
とおもう。
「…いや…あー…どれでしょうか?」
「心当たりは沢山なのね」
「いえ、考える限りはないんですけど、それは自分にとってなので。彼女にしたら、不愉快なことがあったかも…しれません」
アスランの声が、どんどん小さくなっていく。
自分の発言に打ちひしがれるように。
「まぁ、話し合うとかして誤解をといておいてくれよ?このままじゃ、試験がやばいぞ『一緒に赤服でいたいなら』とくにな」
ミゲルの言葉が重くのしかかった。

寮への帰り道に、アスランは考えた。
そういえばイザークの様子がおかしいなと思ったのは何時ごろからだったか。
夏の旅行。
授業の開始。
確かに色々あって、旅行に皆で行って…そういえば、アカデミーの授業が開始されてから様子が変だった。
実践訓練で転んでる所をはじめて見たし、何度か教官たちに名前を呼ばれて注意を受けている場面も見た。
そんなことは以前のイザークには無かったことだ。
夏の短い期間中に何かがあった?
それは旅行中か、それとも旅行後から授業開始までのあえなかった期間か。
こういうことは本人に聞くのが一番早い。
アスランは寮への道のりを急いだ。


「さぁ?知りませんけど」
アスランがイザークの部屋に行って、呼び出しを押しても何の反応も無かった。
食堂にいたニコルを捕まえると、彼はイザークの行き先を知らなかった。
「どこかに行くのは見かけましたけど、どこに行ったかは…すみません」
「いや、ありがとう」

現在の時刻は午後6時。
夕飯まではあと一時間ある。
アスランは、とりあえず彼女を探すために、もう一度アカデミーへと戻った。




イザークは射撃訓練室にいた。
次々に出てくる的を、正確に狙っていく。
しかし、どうしても最後の一発が外れてしまう。そのために、同じシミュレーションを何度も初めからやり直していた。

「くそっ!!」
かけているゴーグルの中にまで汗が滴ってくる。
何人かいた生徒も、夕食の時間が迫ってきて寮に戻っていった。
広い部屋に、イザークは一人。的を狙い続けていた。

イザークはゴーグルを外し、手元の台に置いておいたタオルで顔を拭く。
おろしていた髪も、邪魔なので結んだ。
乱れている髪形を気にすることなく、彼女はまた銃を持ち的に挑んだ。
目に入るのは的のはずなのに、浮かぶのは気になるアスランの顔。
そんな自分が嫌で、頭を振って的を狙う。

何度も何度も撃って、それをすべて外した時。シミュレーションの画面が消えた。
誰かが来た気配さえも気付かない。精神は乱れていた。

「誰?」
イザークはゴーグルを外して、部屋の入り口を見る。
この部屋の画面や訓練内容を帰られるのは、入り口に取り付けてあるコンピューターだけだ。
「そんなに汗かいて…そろそろ、夕飯だけど?」
「アスラン」
イザークの今一番対峙したくない相手。
「探してたんだよ。ちょっと話しがあって…」
ゆっくりとイザークに近づくアスランに、彼女が顔を曇らせる。
「調子よくないの?ミゲルも…心配してるし」
「ぁっ…」
アスランがうつむいていたイザークの顔を覗き込むようにして前にぬっと現れる。
イザークは赤面して、その場から立ち去ろうとした。
「ちょっとまってよ!」
「っ…いやだ!!」

もう。自分がおかしくなる。
やれるものならやってみろと…啖呵を切ったのは自分だったのに。

「理由を聞かせて。俺が何かした?」
掴んだイザークの手はそのままで、アスランはゆっくりと話しかけた。
「…私は…もう、私じゃないのかもしれない」
「はぁ?」
イザークの言う意味がアスランにはさっぱり判らない。
「胸が苦しいんだ…頭もなんか霧がかかったみたいで、回らなくて。お前の…」
一瞬イザークが言い淀む。
「イザ?」
「っ…お前が好きだって…考え始めたら、もう、わけ判らなくて、どうしていいのか」
小さい。
小さい。
でも、アスランにとっては、大きな一言。

アスランは何も言わずに、イザークを抱きしめた。
「っ…はっ離せ!!」
もがくイザークを強く。でも。優しくアスランは抱きしめた。
「言ってくれればいいのに…」
「どう言えっていうんだよ!!自分でやってみろって啖呵切っといて、もう…わかんなっ」
イザークの言葉が途切れる。
アスランが彼女を離すと、イザークの目からはポロポロと大粒の涙。
「苦しくて…でも、言えなくて。私…私は」
「うん。もういいよ。イザークが言えない分。俺が言ってあげる」

「好きだよ」
夏のときの言葉よりも、もっと胸に響いてくる言葉。
もやを吹き飛ばすのはたったの四文字。
イザークもアスランの背中に手を回した。





「お騒がせしました」
後日、アスランがミゲルのもとを訪れた。
「あぁ、イザークのテスト結果を見たら、まぁ元の鞘に戻ったのかと思ってたけどな」
イザークはその後、猛スピードで遅れを取り戻し、試験もいつもどおりの好成績だった。
「この調子で頑張ってくれよ」
「はい、では…失礼します」
アスランを見送ると、ミゲルは自分の机の書類に手を伸ばした。
「まさかとは思ったけど…」
彼の手には5枚の書類。
それは、正式な軍部入隊への召集令状だった。



  
次へ進む