academy1
アスラン・ザラに対するイザーク・ジュールの第一印象は最悪だった。
ザフト軍のアカデミーへの入学式。
イザークは自分の入学試験の首位を確信しており、新入生代表を務める気満々でいたのだが、
式開始30分前になっても教師からの連絡もなく、式は始まってしまった。
イザークは講堂の一番前、中央に座っていた。
アカデミーの理事長・校長の話の後、いよいよ新入生代表による挨拶が始まった。
壇上に上ったのは、紺色の髪が印象的な男。
壇上の国旗・軍旗に一礼し、イザーク達新入生のほうへ向いた彼の顔はコーディネーターの中でもかなり整っており、
男女ともため息と付きそうなくらいだ。
話し出した声も、低からず高からずだが、脳に響く声をしていた。
しかし、イザークは納得いかなかった。
なぜ自分があの場所にいないのか…不満は頂点に達しそうだった。
式が終わり、イザークは幼馴染のディアッカと共に、配られたクラス分けのプリントを見ながら、
広大なアカデミーの中を自分達の教室へと向かって歩いていた。
クラス分けは通例成績順であり、イザークとディアッカは二人とも同じクラスになることができた。
しかも、二人はザフト軍のMSパイロットのクラスを志願した。
そして、見事トップガンになるべく、エリートだけで構成される特殊なクラスに入ることになったのだ。
イザークはこのクラスに入ることは、試験を受けた時から確信していたが、
その時自分の首位も確信していた。
なのに…。
ひっくり返して見れば、イザークは首位ではない。
ちょっと顔のいい男に負けたのである。
イザーク・ジュールは女だ。
女性がアカデミーに入ることは今現在ではそんなに珍しいことではないが、情報関係のクラスに所属するものの方が多く、
イザークのように軍の前線に出るように教育されるクラスには入るものは少なかった。
実際今回もイザーク達のクラスに女性はいないし、
それ以外の戦闘員養成クラスにも女性は数えられる程度しかいないようだった。
アカデミーの試験には、筆記以外にも実技試験があり、それが女性の体力にはかなり不利なものもあるので、
戦闘員として入ろうという女性は元々少なかった。
女性ながらにしてパイロットクラスに入り、しかも特殊クラス入りしたイザークにとって、
自分が首位でないのは信じていただけにかなり悔しいことだった。
イザークの隣にいるディアッカは彼女の機嫌が最悪なのをひしひしと感じていた。
自分達のクラスに行くと、中にはまだ3人しかいなかった。
その中には、代表の挨拶をした奴もいた。
「ヒュ〜女の子ジャン!!」
教室の中にいた3人のうちの一人、オレンジ頭の男がイザークを見ていった。
「あちゃー」
イザークの横でディアッカが額を押さえて、首を振った。
「…私のことを女扱いするな!!」
イザークはキツくオレンジの男をひと睨みすると、適当に空いていた椅子に座った。
「…あー気にしないでよ。いつもあんなだからさ。特にお前…」
ディアッカは3人に小声で話し、新入生代表=主席を見た。
「あいつさ。自分が一番だって思ってたから…八つ当たりしても気にすんなよ」
そういうとディアッカはイザークの後ろに座って、なにやら二人で話を始めた。
第一印象は鮮烈だった。
綺麗な銀髪をなびかせて、綺麗な声で…きつい一言を発したイザークに、主席=アスラン・ザラは見とれてしまった。
一本筋の通った、今の女性にはいないタイプだ。
数分がたち、教員が入ってきた。
金髪で、年はイザークたちとそんなに変わらないように見えた。
教員が来たということは、クラスの人数は5人のようだ。
5人は教官が入ってきたので、起立した。
「まず始めに入学おめでとう。俺は、アカデミー特殊クラス担当及びザフト軍クルーゼ隊所属のミゲル・アイマンだ。
特殊クラスはこの5人で全員。君達はこれから1年間ここで学び、来年はザフトの赤を着て入隊することがすでに決定している。
誠心誠意を持って訓練および学習に取り組むよう。いいな」
「「ハッ」」
一同は教官に向かって敬礼した。
「座っていいぞ。明日からすぐに授業が始まる。注意事項はこのプリントに書いてあるから各自で確認するように。
緊急の連絡は、すでにお前達の寮の部屋に運び込まれている、小型のモバイルに配信されるようになっているから、
肌身離さず持ち歩くように。そのほか試験など全生徒への連絡は基本的に各階の掲示板に張り出されるから、
注意して見るように。…今日はそんなところか」
一連の事項を早口で説明すると、ミゲルは自己紹介でもするかと言って、適当に名前を読んだ。
「ニコル・アマルフィ」
「ハイ!」
声変わりをしたのかしてないのかわからない高音が響いた。
緑色の髪をした、幼い印象の少年だ。
「ニコル・アマルフィ15歳です。趣味はピアノで、得意分野は爆薬処理です。よろしくお願いします」
「ちなみにニコルは入学試験の成績は3位だ」
自己紹介が終わった後、ミゲルは入学試験の成績を教えてくれた。
3位がニコルということは、たぶんイザークは2位だったのだろう。
「次、ラスティー・マッケンジー」
イザークに冷やかしを入れたオレンジの男が立った。
「ハイ。ラスティー・マッケンジー17歳。特技は暗号解読。趣味は…特にないです。よろしく」
「ラスティーは5番ね」
「うわー…ぎりぎりジャン!よかったー」
ほっとしているラスティーをイザークはさして興味もなさそうに見た。
彼女の中で彼はどうでもいい分類に入ったようだ。
「次、ディアッカ・エルスマン」
「はい。ディアッカ・エルスマン17歳。趣味は日本舞踊。
特技は…特にありません。1年間よろしく」
「ディアッカは4番…次。イザーク・ジュール」
一斉に視線が彼女に集まる。
腰まで届く銀髪をなびかせて、彼女は自己紹介を始めた。
アスランは彼女の動作ひとつひとつに釘付けだった。
「はい。イザーク・ジュール17歳。趣味は読書。特技は…射撃。
それと皆に言っておきたいことがある。教官よろしいですか?」
「お、なんだ」
イザークはミゲルに承諾をもらい話し始めた。
「私を女扱いするようなことはしないでくれ。これから訓練でいろいろあるだろうが、
気にかけるようなことはしなくていい。手加減しなくてかまわない。
仮にもこのクラスに入った女だ。弱くはない」
ディアッカ以外の3人と教員を見て、抑揚なく言った彼女をアスランはじっと見つめた。
そんなアスランの視線に気づいたのか、気付いてないのか、気にも留めずまた彼女は着席した。
「イザークは2番ね…しかし、アカデミー始まって以来だな。
しっかり訓練に励むように。じゃあ、ラスト。アスラン・ザラ」
イザークの耳がピクッと動いた。
全員が藍色頭の主席へ視線を送る。
ザラ…国防委員長の息子だったのか。
ますます気に喰わない。
イザークは、きつい視線をアスランに送ったが、アスランはニコリと笑った。
どうやら勘違いしているようだ。
「はい。アスラン・ザラ16歳。趣味は機械いじりで、特技は…OSの書き換えです。よろしくお願いします」
「アスランは、もう知ってると思うが主席ね。満点たたき出したからな…。お前もアカデミー始まって以来だよ。
しっかり頼むぞ。さーてと。じゃあ、今日はこれで解散。各自寮に戻って自由時間だな。寮は特殊クラスだけ別だから、
さっき渡したプリントをよく読んで迷子になるなよ。それと…」
各自支度をしながらミゲルの話を聞いていたが、突然話が止まったので、全員が振り返った。
教員用の机に寄りかかったままミゲルがニカッっと笑った。
「俺堅苦しいの嫌いだから、ミゲルって呼んでくれ。入隊は確かに俺のほうが早いが、実力はお前らのほうが上だろうし。
確かに上下関係は軍では大切だが、ここではあんまり気にするな。
あ、でも他の教官にはちゃんと敬語使えよ!!以上。じゃあまたな」
あっけに取られている全員をよそに楽しそうに手を振りながらミゲルは教室を後にした。
こんな教員でいいのか。
イザークは疑問に思ったが、なかなかの教員だ。
身のこなしや雰囲気で、ミゲルが結構なやり手だと言うことはわかる。
このミゲルとはうまくやっていけそうだ。
『しかし、何だ、あのアスラン・ザラは…入学試験満点だと。しかも、気持ち悪い視線送りやがって…』
イザークの中でアスランは本当に嫌悪対象になりつつあった。
ディアッカとイザークは寮へと向かった。
こぢんまりとした3階建ての建物がクラスから少し行った所の廊下と繋がっていた。
どうやら、5人はここで生活していくようだ。
けして狭くない建物を5人で使うと言うことは、かなり特別待遇を受けているようだった。
廊下から、建物に入るとまず中央にホールがあり、左右に、食堂と休憩所があった。
奥には2階に続く階段と反対側からも外に出られるような扉があった。
イザーク達は2階に上がり自分達の部屋を探した。
イザークの部屋はあったが、ディアッカはどうやら3階らしい。
4人の男の中に1人女のイザークがここで生活するのを不安に思っていたディアッカだったが、
部屋の入り口は指紋検証のオートロックなので、安心した。
食堂と休憩所以外全部部屋ということは、部屋の中にバストイレが付いているのだろう。
廊下でとりあえず別れて、30分後1階の休憩室に集合ということになった。
イザークが家から持って来たものは、ダンボール3箱。
けして多いほうではないが、1箱は日用品と衣類で、後の2箱はすべて本だった。
寮の部屋はバストイレ完備。そのほか生活に必要なものはすべてあらかじめ用意されていた。
簡易のキッチンや冷蔵庫もある。寮と言うよりはマンションのような設備だ。
イザークは一通り部屋の中を見て回ると、本棚に持ってきた本を移しつつ、
久しぶりに見た本の背表紙を何冊か横において、読書を始めた。
イザークは夢中になると周りが見えなくなる性格で、
30分後に集合することも読書を始めてしまい忘れてしまった。
集中できることは彼女のいいところでもあり、欠点でもあった。
結局30分しても彼女は下には下りてこなかった。
「ったく。おせーなー」
ディアッカは集合しようと約束した5分前には私服に着替えて休憩所にいた。
イザークは時間通りに来ないと決まって機嫌が悪くなるからだ。
と思えば、こういう風にこないときもある。
根っからの女王様気質なのだ。
仕方がないので、来るまで待つか…。
呼びに行って、お小言を言われたらしょうがないし、彼女を怒らすと被害が数日続くので、
あと1年くらい平和な生活送りたいと思っているディアッカにとっては得策ではなかった。
彼は、休憩所のソファーに座ると部屋から持ってきたファッション雑誌をめくった。
「あれ?ディアッカさん一人ですか??」
不意に後ろから聞えた声は、自己紹介で最初に聞いたまだ幼い声だった。
「さん付けなんてしなくていいよ。同じクラスなんだし。ニコルだっけ?」
「はい。これから、食堂でお茶するんですけど、いかがですか?」
ニコニコしながら、ニコルはディアッカを誘う。
ソファーから首だけ出して、食堂のほうを見ると、すでに何かが用意されており、ラスティーがティーセットを用意していた。
「いいねぇ。誰が用意したんだ?」
「食堂のおばさんたちです。今日はささやかなウェルカムパーティーを開くようですよ。
その前にお菓子を出してくれるそうなんです」
「へー」
「ニコル!」
「あ。アスラン!こっちですよ〜」
部屋から降りてきたのだろう、アスランも休憩所にやってきた。
「今ラスティーが用意してくれてます。あの…」
ニコルは、さりげなくアスランからディアッカに視線を移した。
どうやらイザークが気になるらしい。
「あーイザーク?まだ部屋にいるんじゃねーの?」
「呼んできたほうがいいでしょうか…?」
でも、ニコルは呼びに行きたくなかった。
彼にとってのイザークの第一印象は「怖い人」だからだ。
「俺が行くよ」
そう言い出したのはアスランだった。
「…やめといたほうがいいぜ?」
ディアッカは促すように言った。
「さっき言っただろ?お前…嫌われてるんだし」
そう言った後、アスランの眉が不自然に動いた。
「…俺は、彼女に嫌われる理由がわからない。嫌われてるんだったら
早くそれをどうにかしたいじゃないか。
これから1年一緒にやっていくのに、不仲なのはよくない」
まぁ…確かにっとディアッカは思う。
それに嫌われる理由が不本意だ。
別に好きで主席になったわけではない。
偶然。
たまたまだ。
「おーい!ニコルちょっと手伝って」
食堂から、助けを呼ぶ声が聞えたので、ニコルは「はいはい」と言って、
これ幸いとラスティーのもとへ行ってしまった。
「じゃあ、あいつをよろしく。俺はニコル達を手伝うよ」
読んでいた雑誌をソファーの前のテーブルに置き、立ち上がると、
手をひらひらさせてディアッカはニコル達のところへ行ってしまった。
アスランは意気込んでイザークのもとに向かった。
イザークの部屋はアスランの部屋の隣だ。
まぁ、マンションのお隣さん程度の関係に過ぎないのだが。
アスランは嬉しかった。
ビービー
何度か呼び鈴を鳴らし様子を伺うが、一向に出て来そうにない。
もう一度。
今度は結構な時間押し続けたら、部屋からバタンッ!!という音と共に部屋の自動ドアが開いた。
不機嫌極まりないイザークの顔がそこにあった。
「貴様…一体どういうつもりだ」
青筋を立てんばかりの形相にもアスランは臆することはなかった。
むしろ怒った顔も綺麗とか思ってしまっている状態だった。
「お茶会が始まるから呼びに来たんだ。食堂にみんな集まってる。ディアッカも来てるよ」
「…そうか。わざわざ来ていただいてすまないな!!」
ニコニコしているアスランに悪寒が走ったイザークは関わらないほうがいいと思い、嫌味のひとつを言って下に行こうとした。
「あ、ちょっと!」
食堂に行こうとしたイザークの手をいきなりアスランが握った。
「な…何する離せ!!!」
「キミは何で俺のこと嫌いなの?ディアッカにも言われたけど。俺達過去に会ったことないよね?」
「き…貴様が主席だからだろうが!!私が…私が」
一瞬イザークの大声にびっくりしたアスランだった。
「なんだ。そんなこと」
理由を聞けたアスランはあっさり手を離した。
イザークは慌てて彼の傍から離れる。
「そんなこととか言うな!!私は主席になるために、そしてプラントを守るために今まで努力してきたんだ!!」
「入学試験は…確かに俺のほうが良かったかもしれないけど、この先はわからないじゃないか」
それはそうだが。
プライドが高いイザークはなんでも1番が良かった。
それでしか価値を見出せない、子供のように。
「それとも…これからの試験も、もう俺に負ける気でいるの?」
アスランは挑発した。
少し見下すような目をして。
甘いマスクで。
どうやらアスランはイザークをからかうのが面白いとわかったらしい。
からかうのは命がけだろうけど…そのぎりぎりのスリルが楽しい。
この瞳が自分だけを映し出すから。
「何を言っている!!この私がお前ごときに負けるか!!」
「ふーん。じゃあ…賭ける?」
廊下の壁に寄りかかり腕を組んだアスランは仕掛けた。
罠を。
「私は…そういう低俗なことはしない」
じゃあな。
そう言って行ってしまおうとする彼女にさらに追い討ちをかける。
「自信ないの?俺に勝てない?」
「っ!!」
こう言えば絶対喰い付いて来る。
プライドが高いのはかまわないけど、それはいつも危険と隣り合わせ。
ギラギラした目がアスランを睨む。
彼にとってはそれすら快感。
「一ヵ月後の定期試験…俺が勝ったら…」
「俺と付き合って」
第一印象は最悪。
そう思っていた。